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2020年7月8日6 分

「すべてのテクノロジー企業は金融業となる」のか?その(2)アマゾン

最終更新: 2020年9月11日

異業種による金融業参入

この1年ほど、ビッグテック、米国系を代表するプラットフォーマー(いわゆるGAFA、すなわちGoogle、Apple、Facebook、Amazon)による金融セクターへの参入が目立ってきました。

いずれも特に、決済関連サービスの提供の取り組みが早く、それはこれらのビッグテック・プラットフォーマーが持つ情報プラットフォームと、決済による情報の蓄積・分析の相性が一番良いからだと思われます。

一方、支払い・決済から参入したフィンテックが、Eコマースの売り手側である中小企業の顧客を対象に運転資金の融資サービスを提供しており、特にリーマン・ショック後のフィンテックの代表であるSquareが数年前から提供しているプログラムが知られています。

Photo by Christian Wiediger on Unsplash

Eコマース・プラットフォーマーの代表であるAmazonも2011年からはじまったAmazon Lendingというプログラムを通じてを通じてオンラインのマーチャントに短期資金を提供しています。

日本の中小企業融資

先日、金融関連のクライアントとの会話の中で、日本の中小企業のお客様は財務内容の開示に抵抗があり、自社のお抱えの会計事務所以外には開示したくない、と言われることが多いと聞きました。

もちろん銀行からの融資が必要な際には財務処理を持参するのですが、そもそも財務データを会計事務所が集計し、財務諸表にするまでには少なくとも1ヶ月以上のタイムラグが出来てしまいます。

SquareやAmazonが狙っているのはオンラインの売上げデータをリアルタイムで把握、さらにはアルゴリズムを駆使してこの先のトレンドまでを予測することにより、場合によってはマーチャントが資金ニーズを認識する以前にキャッシュフローを予想し、どのタイミングで短期資金需要が出てくるかの予想まで可能ということもあります。

アマゾンによる「侵略」の恐怖

既存の金融業界では、こういった金融サービスにおけるアマゾンによる「侵略」の恐れということが取り沙汰されています。ファイナンシャルブランドの記事によると、アメリカの銀行や信用組合はアマゾンからの破壊に備えているとも報じられています。

金融サービス進出の理由

ではそもそも、アマゾンを始めとするビックテックはどうして、金融サービスに参入しようとしているのでしょうか。

アマゾンを例にとると、アマゾン内のビジネスの副産物として大きな部分は、サービスの提供によって得られる大量のユーザ情報、ユーザデータです。このユーザデータがユーザの活動をさらに活発化させ、それによって多くのデータがまた生成されるという循環が、アマゾンのエコシステムの強みです。

金融サービスはビッグテックのビジネスの一部だけですが、金融事業の比率は小さくはありません。S&Pキャピタルの推定では、ビッグテック企業の収入の約11%が金融サービスからとなっています。

アマゾンの金融サービスの規模は、3億名のユーザーがAmazon Payを利用しており、また加盟店側へは過去数年で30億ドル以上(約3000億円以上)のキャッシュ・アドバンス(短期資金提供)をしてきたとしています。

ビックデータではなく「ライト」データ

それではなぜアマゾンは数年で30億ドル以上のマーチャント向けの資金提供をすることができたのでしょうか?

一般にプラットフォームはたくさんのデータを持っており、ビックデータを活用していると言われますが、米国金融コンサルタントコーナーストーンのRon Shelvin氏は

問題になるのはデータの量、ビックデータではなく、Right Data(肝心となデータ)をアマゾンが知っていたから

と言っています。

Right Dataは2つあり、

1)借り手の売上高

2 )借り手の業界セグメントへの売り上げの流入。

この2つのデータをアマゾンではまさにリアルタイムで把握しているわけです。

Amazon とGoldman Sachsの提携

こういった動きの中で、2020年6月には、アマゾンと米国投資銀行大手のゴールドマン・サックスが、アマゾンでの売り手であるマーチャントに対して、中小企業向け運転資金(信用ライン)の供与をはじめることを発表しました。

融資額は100万ドル(約100億円)まで、金利は6.99%から20.99%までです。

申し込み手続きはごく簡単で、完全にデジタル化されています。また手続きは数分で完了し、ほとんどの場合はリアルタイムで承認されたかどうかが分かるとしています。

借り手は期限通りに、最低限の支払いをしなければ延滞料を払うことになります。

ほとんど即時に承認結果が出る一つの理由は、融資先がアマゾンの出店店舗であり、その事業者の同意があれば貸し手ゴールドマン・サックスはアマゾンでのその事業者の収益その他のデータを、融資の承認判断基準に利用できる為です。

こういったごく短期の融資は、売掛債権をもとに融資するいわゆるファクタリング等とも似ており、伝統的に銀行があまり手を出していなかった分野です。一方、在庫維持のためのキャッシュフローが重要な中小の小売業者にとっては必要性のある融資サービスです。

前述のように、もともとアマゾンではAmazon Lendingと呼ばれる加盟店向けの短期融資を2011年から始めており、キャッシュアドバンスと呼ばれる短期の資金提供がここ数年で30億ドル、約3000億円以上になっているといわれます。

でもなぜ30億ドル「だけ」なのか

Amazonの2019年の売上高(Net Sales、自社の売上げ、加盟店からの売上げ手数料、AWSサービスなど含む)は約2,800億ドル。2020年第1四半期では755億ドルとなっています。

出所:Statista

出所:Amazon決算発表

この売上高の規模から見ると、潜在的な加盟店からの資金需要は30億ドルどころではなく、その10倍かそれ以上あってもおかしくないはずです。ではなぜアマゾンは「30億ドルだけ」の短期融資を行い、それ以上の規模に増やさなかったのでしょう?

アマゾンでは自らのバランスシートを使ってこういった融資業を営むのは本業ではないので、自社で賄いきれない資金ニーズについては、金融機関と組んで顧客の紹介だけを行い、そこでのマッチングの手数料を取った方が良いということでしょう。

この提携スキームが注目される1つの理由は、顧客獲得の方向と費用対効果が従来のアプローチとは違っているからです。

「逆張り」顧客獲得法

伝統的に銀行の営業は、融資の用意があることを宣伝し、中小企業からの融資申し込みを待ちます。申請があった時点で審査部がリスクガイドラインを適用して審査、この結果、場合によっては大多数の申し込みを却下しなければならないこともあります。

この場合、申請して断られた中小企業側も銀行の営業・審査部側も適合しない案件に関わる時間の無駄が多い。

アマゾンとゴールドマンの融資獲得の手順は逆で、ゴールドマンはアマゾン上の取引データの開示に合意した店舗のうち、キャッシュフロー等から判断して資金繰りが必要になり、かつ融資の基準に合致しそうな業者を選んで、アマゾンの「セラーセントラル」サイトを通じて融資の勧誘を送ることができます。

これによって融資基準に合致しない申し込みを審査することの処理コストを抑えることができます。

当面は銀行の「シェア取り」ではない?

今回の短期融資は、既存の金融機関にとっては、厳密にはシェアを奪われたと言うことにはなりません。なぜならば、伝統的な銀行が今まで融資を行ってこなかった分野だからです。

米国ではリーマン金融危機の後、2010年から2016年にかけて、ノンバンクの融資業者が、年間融資額を70%拡大しました。2016年末までには、不動産ローン以外の、新規の担保付融資のマーケットシェアはノンバンクが60%になっています。

ですので、既存の銀行にとっては、既存の融資業務に関する限り、今回の提携でアマゾンとゴールドマンにシェアを奪われたはたとは言えません。

一方で、新規のオンライン中小企業に対するこういった短期の運転資金融資のニーズは今後も拡大すると思われ、既存の金融機関がこの分野にも注目し多角化しない限り、こういったビックテックの金融業務進出によって、陣地を取られる分野だとも言えるでしょう。

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